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東京地方裁判所 平成5年(ワ)7951号 判決 1996年2月19日

原告

高輪産業株式会社

右代表者代表取締役

足立智

右訴訟代理人弁護士

池田達郎

白河浩

武井洋一

被告

丸万証券株式会社

右代表者代表取締役

酒井謙太郎

右訴訟代理人弁護士

藤村義徳

三宅裕

吉木徹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、一億〇六七〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、一億〇五三〇万円及びこれに対する平成三年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、一定期間経過後に一定の価額で被告又は第三者が株式を買い取る旨の条件の付された約定のもとに、株式を被告から購入した旨主張して、被告に対し、主位的に右契約に基づく株式買取代金相当額の支払を求め、予備的に被告自身の不法行為又は被告従業員の不法行為による使用者責任に基づく損害賠償を請求する。

一  争いのない事実等前提となる事実

1  原告は、軸受及び関連機械器具の製造並びに販売、有価証券の売買等を主たる目的とする株式会社である。原告は、本店所在地を同じくする訴外日本トムソン株式会社(以下「日本トムソン」という)の関連会社であり、日本トムソンの取締役である足立智が原告の代表取締役を、同じく同社の取締役である川島保雄(以下「川島」という)が、原告の取締役経理部長をそれぞれ兼務しており、川島は右両社の株式取引を担当していた(乙第一八、一九号証、証人川島の証言)。

被告は、有価証券の売買等を主たる目的とする株式会社である。

2  日本トムソンは従来から被告と株式取引をしていたが、昭和六〇年一月、被告の東京第二事業法人部菊本伸一課長代理(以下「菊本」という。平成二年三月二六日に課長となる。)が前任者を引き継いで、日本トムソンとの株式取引を担当するようになり、以来、被告と日本トムソンとの株式取引が拡大するようになった(乙第二四号証)。

日本トムソンは、平成元年四月から同年九月末まで被告に約二億円の資金を提供して株式の取引をした(以下「第一回取引」という)が、結果的に約一五九〇万円の損失が残ることになった。このため、川島は、菊本に対し右損失の補てんを要求し、菊本は、同月二二日、別紙取引一覧表(以下「別表」という)番号1の取引により日本トムソンに一九二六万五五〇五円の利益を得させて、これを補てんした(ただし、損失補てんをしたのが被告か菊本個人かは争いがある。)。

さらに、日本トムソンは、同年一〇月から平成二年三月末まで被告に約一億円の資金を提供し株式の取引をした(以下「第二回取引)という)が、結果的に約一三四五万円の損失が残ることになった。このため、川島は、再び菊本に対し、右損失の補てんを要求し、菊本は、同月二〇日、別表番号2の取引により日本トムソンに一六四五万四七八六円の利益を得させて、これを補てんした(但し、損失補てんをしたのが被告か菊本個人かは前同様争いがある。)。

右損失補てん後は、株式の取引主体が日本トムソンから原告に変わり、原告は、同年八月三一日から平成三年一月三一日までの間、別表番号3ないし8の取引を右菊本の担当のもとで行い、次いで同年六月一一日から同年七月八日まで同9、10の取引を右菊本を引き継いだ被告従業員大野哲嗣課長代理(以下「大野」という)の担当のもとで行った(但し、その取引当事者及び性質については、後述のとおり争いがある。)。

3  原告は、平成三年七月二三日、大野の担当のもと、訴外津田鋼材株式会社(以下「津田鋼材」という)から、日本国土開発株式会社発行の株式七万八〇〇〇株(以下「本件株式」という)を一株当たり一三五〇(当日の終値八二〇円)、代金合計一億〇五三〇万円で購入し、同月二六日、右代金を津田鋼材の口座に振り込んで支払った(以下これを「本件取引」という。但し、その取引当事者及び性質については、後述のとおり争いがある。)。

二  争点

1  主位的請求(条件明示売買契約に基づく本件株式買取債務の履行請求)について

(原告の主張)

(一) 本件株式についての原被告間の条件明示売買契約の存在

本件取引について、被告は、平成三年七月二三日、原告との間で、同年八月二六日に被告が本件株式を一株単価一三六八円、代金合計一億〇六七〇万四〇〇〇円で買い取るか、又は第三者に右価額で買い取らせ、右売買代金を同日に支払う旨の合意をした(以下「本件約定」という)。すなわち、本件約定は、被告が銘柄、購入価格、数量、売主、代金振込口座、保有期間等を明示する方法で原告に本件株式を購入させ、保有期間満了後、右株式を被告が明示した売却価格で被告が買い取るか、被告の責任により買主を探して買い取らせるという約定であり、同約定に基づく本件取引は株式の条件明示売買取引である。

(二) 本件取引が被告の取引であること及び大野に本件約定を締結する権限があったこと

(1) 本件取引が被告の取引であること

① 被告と日本トムソン間の第一、二回取引は、被告の損失補てん約束を前提として行われた一任取引であるから、これにより生じた損失は被告が補てんすべきものであるうえ、被告は右取引によって手数料を得ているのであるから、同取引によって日本トムソンに生じた損失を被告従業員個人に負担させるのは不合理である。

② 有価証券売買等の証券業務は大蔵大臣の免許を受けた株式会社でなければ営むことができないから、証券会社が関与する取引が同社従業員の個人的取引であることはない。

③ 菊本がした第一回取引による損失補てんとして行われた別表番号1の取引における有価証券売買約定書と、本件取引において使用されたそれとは書式が類似しており、その取引方法も同じであるうえ、被告は津田鋼材から預かった本件株式の株券を出庫する際に正式な「証券お引渡伝票」を発行しているのであるから、被告が社内正規の手続に基づいてこれを出庫したことは明らかである。

この点につき、被告は本件取引が簿外取引であるから被告の取引でない旨主張するが、被告の帳簿に記載するか否かは被告の判断によって決せられるので、簿外取引であるから被告の取引でないとはいえない。

したがって、第一、二回取引、別表番号1ないし10の取引に引き続いてされた本件取引は、いずれも被告の取引である。

(2) 大野に本件約定を締結する権限があったこと

原告は、別表番号3ないし10の各取引及び本件取引において、菊本、大野から、これらが同人らとの個人的取引であるとの説明を受けたことはないうえ、前記(1)の事情及び別表番号3ないし10の取引が約定どおり履行されたことにより、本件約定もまた履行されるものと信じたのであるから、大野には本件約定を締結する権限があり、また原告がそう信じるにつき過失はない。

(三) 被告の本件約定が現行の証券取引法(以下「証取法」という)五〇条の三及び公序良俗に違反し無効である旨の主張は否認又は争う。

(1) 証取法五〇条の三違反について

① 被告は本件約定が証取法五〇条の三の禁止する損失保証等に該当し無効である旨主張するが、もともと原告において補てんされるべき損失は存しないばかりか、本件約定は買戻条件付売買であって、被告が契約責任を果たす限り原告に損失が生じる余地はなく、損失補てんは起こりえない。さらに、別表番号3以降の取引及び本件取引は、被告から資金の運用として要請されたものにすぎず、原被告に損失を補てんする目的は存しないばかりか、原告が被告から損失補てんのため財産上の利益を提供する等の申込みを受けたり、約束の申出を受けたりしたことはないから、本件取引は証取法が禁止する損失保証等に該当しない。

② また、証取法は損失保証、利回保証等を網羅的に禁止し、これを刑事罰をもって強制するものであるから、同条一項各号は犯罪的行為の構成要件を網羅的に規定したものであり、その解釈は厳格に行われるべきであって拡張解釈は許されず、形式的に有価証券売買であっても、実質的に利回りが確定した金融取引とみなされる本件取引は、同法の禁止規定外取引である。

さらに、本件取引は、同法五〇条の三第一項一号及び同法施行令一五条の三において、損失補てんの禁止を除外されている取引に極めて類似しているから、同法の禁止規定外取引である。

③ 仮に、本件約定が証取法に違反するとしても、同約定は同法の施行前に成立していたから、同法に遡及効に関する規定が存在しない以上、本件約定は有効である。

そして、本件約定が成立した当時の証券取引法五〇条二号は取締法規にすぎないから、仮に本件約定がこれに違反していたとしても、私法上の効力が否定され無効になるものでもない。

(2) 公序良俗違反について

① 被告は本件約定が証取法五〇条の三に違反するから公序良俗に反し無効である旨主張するが、前記のとおり本件約定は証取法に違反しないのであるから、被告の右主張はその前提を欠く。

② さらに、被告は本件約定がいわゆる「飛ばし」にあたり不正取引として公序良俗に反し無効である旨主張する。しかし、本件取引が「飛ばし」にあたるとしても、「飛ばし」は、評価損の出ている有価証券を保有している企業が決算対策上損失の計上を先送りすること等を目的として、損失を表面化させない価額で他の企業に売り渡す行為であって、一時的な決算対策にすぎないから、公序良俗に反するものではない。また、本件約定は被告が履行すれば終了するものであるから、原告が本件株式を買い取る企業を探し求めることは予定されておらず、無限連鎖講やマルチ商法のような不正取引でもなく、公序良俗に反しない。

のみならず、原告は、別表番号3ないし10の取引及び本件取引を、被告の要請に基づいて受動的に行ったにすぎず、何ら不正な行為をしていないのであるから、かかる原告の行為が公序良俗に反することはない。

(四) よって、原告は被告に対し、主位的に、本件約定による株式買取履行請求権に基づき売買代金一億〇六七〇万四〇〇〇円及びこれに対する履行期の翌日である平成三年八月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(一) 原告の主張(一)(本件株式についての被告との条件明示売買契約の存在)は否認する。本件取引は、原告と被告との売買ではなく、原告と津田鋼材及び本件株式の買主との売買取引であり、被告との売買契約は存在しない。菊本、大野は、原告に対し、被告が株式を買い戻すと述べたことはなく、売却の相手方を斡旋すると述べたにすぎない。

(二) 原告の主張(二)(本件取引が被告の取引であること及び大野に本件約定を締結する権限が存すること)は否認する。

(1) 本件取引が被告の取引でないこと

① 被告はその従業員に対し、損失保証の約束をして取引の勧誘をすることを禁じていたのであるから、第一回取引は被告の損失保証を前提とするものではないうえ、被告が第一、二回取引によって得た手数料は通常の取引による正当な利益であるから、これを得たことによって被告が損失を補てんするべきであるとはいえない。

② 被告は、市場外において上場有価証券の売買を行ってはならないものとされており、被告が本件取引の当事者になることも媒介、取次業務を行うことも認められていないから、右取引は被告の営業範囲に属しない。

③ 本件取引は被告の顧客勘定元帳に記載されておらず、被告が取引報告書等を発行したこともないから、本件株式の株券が被告の正規の手続により預かり保管され出庫されたものであっても、ただちに本件取引を被告の取引ということはできない。

(2) 大野に本件約定を締結する権限がないこと

被告が債券の買戻条件付売買を行う場合には、代表権限のある者の署名、捺印をした売買契約書を取り交わしているが、本件取引ではかかる書類は取り交わされていないうえ、本件約定は後記のように証取法が禁ずる損失保証、利回保証であるから、かかる取引は証券会社の営業範囲に属するものではなく、大野に右約定を締結する権限(同法六四条)はない。

また、本件取引は、株式を市場を通さずに時価より高い価額で第三者に買い取らせることにより、労せずして原告に多大の利益を与える不自然な取引であるばかりか、被告が原告と第三者の間で株式の売買が成立するよう媒介業務を行ったものであれば、原告は被告に対し手数料を支払わなければならないところ、原告は被告からこの支払を請求されていないのであるから、原告は、本件取引が第一、二回取引のような市場取引とは異なる不正取引であることは当然理解できるものであって、大野にかかる取引を行う権限が存しないことも知りうるところであった。

(三) 本件約定は、仮に成立していたとしても、証取法五〇条の三及び公序良俗に違反し無効である。

(1) 証取法五〇条の三違反

本件約定の性質は、原被告間の売買ではなく、原告が本件取引において本件株式を購入時現在の時価よりも高い価額で買い取ったことにより被った損失を補てんし、さらにその投資資金に利回り分を上乗せして支払うものであって、売買の斡旋に伴う損失保証、利回保証にあたるから、証取法五〇条の三に違反する。

また、原告は、株式の買戻条件付売買が、証取法五〇条の三第一項一号及び同法施行令一五条の三の禁止除外取引に類似する禁止規定外取引であると主張するが、仮に原告主張のとおりとすれば、株式を含む債券の買戻条件付売買一般が同法に違反しないこととなり、右施行令一五条の三があえて除外規定を設ける必要がなくなることに帰するから、原告の主張は失当である。

(2) 公序良俗違反

① 証取法五〇条の三に反する損失保証、利回保証である本件約定は、証券取引秩序を損なう反社会的行為であって公序良俗に反し民法九〇条により無効である。

仮に、本件約定が、現行の証取法施行前になされたものであることから、私法上は有効であると解される余地があるとしても、被告が原告の要求に応じて本件株式を買い戻す行為は、証取法五〇条の三第一項三号及び第二項三号違反として原被告双方に刑事罰が科され、支払った金員は必要的に没収・追徴されることになる。このように法律が当事者双方に対し、刑事罰を科し、禁止している損失補てんのための財産上の利益の提供行為について、裁判所が支払を命じることは自己矛盾であり許されない。

② 原告が行ってきた取引は、「飛ばし」に当たり、いずれは破綻する性質のものであり、いわば無限連鎖講やマルチ商法のごとき不正取引である。原告は、かかる取引に参加して売買を繰り返し行い、その性質を十分知っていたにもかかわらず、被告と契約書等正規の文書も取り交わさず、株式取引のリスクは一切負担しないで、安全確実な商品では得られない高利回りによる利益を享受し、市場から購入した株式についても損失補てんを受けていたものである。

このような不正取引によって、一般投資家が得られない多額の利益を密かに得てきた原告が、同取引が破綻した途端に損失の補てんを求めることはクリーンハンドの原則に反し認められない。

2  予備的請求(不法行為責任)について

(原告の主張)

(一) 被告自身の責任

別表番号1、2の取引は被告と日本トムソンとの間の一任取引により同社に生じた損失を補てんするために行われ、かつ被告が一〇年以上前から行っていた「疎開」なる取引の変形としてなされたものであるから、右取引が被告自身の取引であること、並びにこれに引き続く別表番号3ないし10の取引及び本件取引も被告が主体となって行った取引であることは明らかである。

すなわち、別表番号3の取引が行われた当時、菊本以外にも顧客から損失補てんを求められた被告従業員がおり、複数の従業員が話し合った結果、損失補てんの方法として、右3のような形式により顧客間で連鎖的に株式の売買を行い、損が出るのを一時的に回避することとなった。このため、右連鎖的取引に参加する会社が必要になり、菊本は、積極的に原告に対して別表番号3ないし8の取引を提案し、その後菊本から右取引を引き継いだ大野も、同9、10の取引及び本件取引を積極的に原告に要請したものであるから、本件取引は被告が主体となった取引であり、原告はこれに受動的に参加したにすぎない。

このように、右各取引は、被告の複数の従業員が関与し、被告が会社ぐるみで仕組んだ取引であるばかりか、被告は、本件取引が「飛ばし」にあたり、いずれは破綻することを十分に認識しながら、これを積極的に原告に勧めて一億〇五三〇万円を支払わせ、損害を被らせたものであるから、被告は原告に対し不法行為責任を負う。

(二) 使用者責任

(1) 被告従業員である大野は、平成三年七月二六日、本件約定を締結する権限がなく、原被告間に本件約定が成立しえないことを知りながら、被告のファックスで本件取引の内容を記載したメモを原告に送信するとともに、被告の用箋に書いた本件取引の総合収支計算書を持参して原告を訪れ、被告自身が原告との間で本件約定に基づく本件取引を行うかのごとく装って右内容を説明し、もってその旨原告を誤信させ、原告に本件株式の代金として一億〇五三〇万円を支払わせ、損害を被らせた。

(2) 有価証券売買等の証券業務は大蔵大臣の免許を受けた株式会社でなければ営むことができないから、証券会社の関与する証券取引は当該会社の事業の外形を当然に有していることに加え、原告は本件取引に際し、大野から被告が正規に使用している「証券お引渡伝票」を交付されている。また、被告は、本件取引とほぼ同時期にされた別表番号10の取引のうち、原告による株式の購入が被告の正規の取引であることを認めているが、別表番号10の取引は株式の購入から売却に至るまでが原告に年利一一%の利回りを生じさせることを企図して行われた一連の取引であるから、原告による株式の売却を含めた別表番号10の取引の全体が被告の正規の取引としての外形を有していたものというべきであるところ、本件取引の形態は、外形上右番号10の取引に極めて類似している。したがって、本件取引は被告の正規の取引の外形を有していたものである。

(3) 右各事情及び以下の事情によれば、原告には大野が被告の業務執行として本件取引を行ったと信じるにつき過失はなかった。

① 日本トムソン及び原告は、大野の前任者である菊本のもとで、別表番号1ないし8の取引をしていたが、これらの取引は、市場価格をはるかに超える金額で短期間のうちに有価証券の売買を行う点、その際に用いられる有価証券売買約定書等の書式がほぼ同一である点、原告と他社の間の相対取引の形式をとっている点で、本件取引と極めて類似する取引であり、被告の取引として何の問題もなく決済されていた。

② 菊本を引き継いだ大野が担当した同9、10の取引に際しても、同人からこれらが個人的取引であるとの説明を受けたことがなく、右各取引は問題なく決済されていたうえ、本件取引に用いられたものと同じ形式の有価証券売買約定書等が使用されていた。

③ 証券会社の顧客が証券取引をする場合、当該証券会社との取引の中に同社従業員の個人的取引の存在を予測することはもともと困難であるところ、被告は原告関連会社日本トムソンの幹事証券会社であり、原告にとって、被告担当者菊本、大野が二代に渡って個人的取引を行うと予測することは困難である。

(4) 以上によれば、大野の不法行為は、被告の事業の執行につき行われたというべきであるから、被告は原告に対し使用者責任を負う。

(三) よって、原告は、被告に対し、予備的に、民法七〇九条又は七一五条一項による損害賠償請求権に基づき、本件株式の購入のために支出した一億〇五三〇万円及び不法行為日の翌日である平成三年七月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

(被告の主張)

(一) 原告の主張(一)(被告自身の責任)は否認又は争う。

別表番号1、2の取引は被告が行ったものでも、被告において一〇年以上前から行われていた取引でもない。

また、菊本が同3ないし8の取引を提案したのは、川島が右1、2のような利益が決まった取引であればいくらでも受けると回答したためである。川島は右1、2の取引をする以前にも、他の証券会社との間で、損失補てんのため、証券会社が用意した有価証券を市場外でいったん買い取って転売するなどの取引を行っていたものであり、右1、2のような市場外取引は損失補てんのための取引であることを知り得たものである。

そして、別紙各取引及び本件取引は、会社ぐるみで仕組んだ取引ではなく、被告は平成三年八月中旬頃になって初めて右各取引を知った。

(二) 原告の主張(二)(使用者責任)は否認又は争う。

(1) 大野が被告のファックスを使ってメモを送信したり、持参した計算書が被告の用箋で作成されたものであっても、これらの文書に被告との取引であることを表示する記載はなく、大野が、右各行為により被告が本件約定に基づき本件取引を行うかの如く装ったものとはいえない。

(2) 原告は、証券会社の関与する証券取引は当該会社の事業の外形を有していること、別表番号10の取引は被告の取引としての外形を有しており本件取引が外形上右取引と類似していることから、本件取引も被告の正規の取引としての外形を有していると主張する。

しかし、通常の証券取引であれば、証券会社から顧客に売買報告書が送付され、手数料を請求され、債券現先取引であれば証券会社と顧客の間で契約書が取り交わされる等の手続がとられるところ、本件取引ではかかる手続がとられていない。また、右10の取引のうち、株式の購入は被告の正規の取引であり、被告から原告に対し取引報告書、受渡計算書等が交付されているのに対し、右株式の売却においては、原告は被告から右のような書類を送付されておらず、手数料等も請求されていないばかりか、右取引の有価証券売買約定書が売主と買主の直取引の契約書であることは外形上明白であるから、同取引のうち株式売却に関しては、被告の取引の外形を有していたといえず、結局、本件取引も被告の取引の外形を有していたとはいえない。

(3) 右各事情及び以下の事情からすれば、原告は、本件取引に関して、大野の行為がその職務の範囲内のものでないことを知っており、又は職務の範囲内であると信じたことにつき重大な過失がある。

① 原告担当者川島は最高四〇億円もの証券投資をしていた日本トムソンらの投資担当者であり、豊富な証券取引歴を有しているところ、本件取引は、被告の正規の取引であればとられる書類交付、手数料請求等の手続がとられていない異常な取引であった。

② 本件取引当時の長期プライムレートは年利率7.9%、三か月定期預金は年利率四%前後にとどまるのに対し、本件取引は年利回り約11.7%、直前の別表番号10の取引に及んでは約13.2%とかなりの高利回りであるのみならず、かかる高利回りを得る方法は、原告が購入した証券を、次の買主に市場価格から乖離した右購入額にさらに利回り分を上乗せして市場外で買い取らせるという異常なものであった。

③ 別表番号10の取引前後であり本件取引に遡る平成三年六月には、本件取引のような証券会社の大口顧客に対する損失補てん、利回り保証等が連日報道され、政府は証券会社、顧客に罰則を科する法改正をすると表明していた。

(三) 民法七〇八条により不法行為による損害賠償請求が否定されること

本件取引は、前記1(三)のとおり、証取法五〇条の三に違反し民法九〇条により無効であるから、本件取引を被告の不法行為ととらえて損害賠償を請求することも、不法な原因によって給付したものの返還を求めることになるから民法七〇八条により認められないと解すべきである。

(四) 過失相殺及び損益相殺

仮に、被告に不法行為による損害賠償義務が認められるとしても、原告には大野と不法行為にあたる本件取引をしたことにつき前記(二)のとおりの著しい過失があり、その過失割合は九割を下ることはなく、原告の損害額は一〇五三万円にとどまる。

さらに、原告は、菊本、大野の間で行ってきた別表番号1ないし10の一連の不法行為にあたる取引により合計六二八一万三八七九円の利益を得ているばかりか(原告は日本トムソンのペーパーカンパニーであるから、右一連の取引により右合計分の利益を得たものと同視できる)、未だ本件株式を保有しており、その価額は本件口頭弁論終結直前の平成七年一二月八日において三二四四万八〇〇〇円(同日の終値単価四一八円)であるから、原告の被った損害より原告の取得した利益の方が大きくなり、結局、原告の損害賠償請求は認められない。

第三  争点に対する判断

一  争点1及び2の判断の前提として、本件取引に至った経緯等について判断するに、前記争いのない事実等及び証拠(甲第一ないし五号証、第一〇ないし一七号証、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし四、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二二、二三号証の各一、二、第二四、第二六、第二七号証、第二九号証の一、二、第三〇、第三一号証、乙第六号証、第八ないし四一号証、証人川島保雄、同菊本伸一の各証言)によれば、以下の事実が認められる。

1  日本トムソン及び川島の株式取引歴

(一) 被告は従来から日本トムソンの幹事証券会社として株式取引をしており、菊本は昭和六〇年一月から同社の担当となり、同社担当者川島との間で株式の売買、割引国債や既発債券の買い付け、債券現先取引等を行っていた。

そして、川島は、昭和六〇年頃から日本トムソン及び原告において、野村、勧角、新日本、コスモの各証券会社との間でも証券取引を担当しており、ピーク時には合計四〇億円もの資金を株式で運用し、勧角、新日本証券等から損失補てんを受けたこともあった。

(二) 菊本は、昭和六二年八月頃から同六三年三月三一日までの取引においては、川島から得た一億円の資金運用枠内で株式運用をしていたが、同六二年末に約九〇〇万円の評価損が発生した。

これに対し、菊本は、川島に対し、株式市況からみて六三年三月の決算までに成績を回復させることは難しいかもしれないが、その場合は来期に頑張るので了解してもらいたいと話したが、川島は納得せず、損失を出さないよう要求した。このため、菊本は、苦慮した結果、対応策として、右運用枠内で購入した株式を売却して実損九〇〇万円を確定したうえで、上司である東京第二事業法人部長吉村の力を借りて、日本トムソンに新規公開株式の優先配分益九〇五万円を得させてこれを穴埋めした。この際、菊本は右吉村部長から今後はかかる取引をしないように注意された。

菊本は、その後の同年四月一日から平成元年三月三一日までの取引においては、ローリスク・ローリターンの転換社債で資金運用し、損失は出なかったものの、利益も出なかった。

そこで、利益を出すためには株式運用が必要であると感じた菊本は、川島に対し、実勢金利を上回る運用益を出すよう努力すると述べて資金運用枠を二億円に上げるよう勧誘し、一旦は断られたものの、右川島の承諾を得た。

2  第一回取引と別表番号1の取引

その後、日本トムソンは、第一回取引に約二億円の資金を提供したが、平成元年九月末頃に約一五九〇万円の損失が残ることに確定した。これに対し、川島は、菊本に対し今度は右損失の補てんだけでなく利益を出すよう要求した。

菊本は、被告において損失補てんや利益保証をすることが認められていなかったこと、前記のとおり吉村にこのような取引はやめろと言われていたことから、川島の右要求に対処する方法を相談することができなかったため、やむを得ず、被告を通さない売主と買主の直取引の手法により損失補てん等をすることとし、平成元年九月中旬、川島に対し、古河電気工業株式会社(以下「古河電工」という)の株式一八万株を単価一一五〇円から一一七〇円で市場から買い付ける、保有期間は同月二八日までである、これを日本トムソンのための利益分を上乗せした単価一二八〇円で第三者に買い取らせる方法(当時いわゆる「疎開」といわれていた方法)で利益を確保すると説明し、右川島の要求に応えた。川島は、それまでにも他の証券会社からかかる方法による損失補てん等を受けており、この取引の構造を理解していたので、菊本の右説明を了承した。

日本トムソンは、被告に対し同月一九日から二一日までの間に右株式一八万株を買い付ける注文をし、単価一一七〇円で一一万四〇〇〇株、単価一一六〇円で二万一〇〇〇株、単価一一五〇円で四万五〇〇〇株を市場で購入し、手数料等を含めて受渡金合計二億一〇四四万三二九五円を支払った(甲第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし四、第二〇号証の一、二)。

日本トムソンは、同月二一日頃、日亜鋼業株式会社(以下「日亜鋼業」という)との間で右株式を売却する旨合意し、同月二八日頃、代金二億三〇四〇万円の支払を受け、右株式を同社に引き渡した(甲第二一号証)。ただし、日本トムソンは、菊本を通じて右売却手続をしたものであり、日亜鋼業と直接交渉したことはなかった。

日本トムソンは、右取引(別表番号1の取引)により一九二六万五五〇五円の利益(税引後の純利益)を得て、第一回取引の損失を補てんするとともに利益を得た。

3  第二回取引と別表番号2の取引

次に、日本トムソンは、第二回取引に約一億円の資金を提供したが、平成二年三月末頃に約一三四五万円の損失が残ることに確定したため、川島は、再び菊本に対して右損失の補てん及び利益の確保を要求した。

菊本は、やむを得ず、前回と同様の手法により損失補てん等をすることとし、平成二年三月中旬、川島に対し、昭和電気工業株式会社の第三回転換社債一〇万単位を市場から買い付ける、保有期間は同月下旬までである、これを損失をカバーする価額で第三者に買い取らせる方法で利益を確保すると説明し、右川島の要求に応えた。

日本トムソンは、被告に対し同月一六日、一九日に右転換社債一〇万単位を買い付ける注文をし、単価八四円で九万九〇〇〇単位、単価八三円で一〇〇〇単位を市場で購入し、手数料等を含めて受渡金合計八四四九万三四三八円を支払った(甲第二二、二三号証の各一、二)。

日本トムソンは、同月二三日頃、キョウニュウ商事株式会社との間で右社債を売却する旨合意し、同月二六日頃、代金一億〇一一一万円の支払を受け、右社債を同社に引き渡した(甲第二四号証)。ただし、日本トムソンは、菊本を通じて右売却手続をしたものであり、右キョウニュウ商事と直接交渉したことはなかった。

日本トムソンは、右取引(別表番号2の取引)により一六四五万四七八六円の利益(前同の純利益)を得て、第二回取引の損失を補てんするとともに利益を得た。

4  別表番号3ないし8の取引

菊本は、前記損失補てん等の後、川島に対し、同年四月一日以降も被告に資金運用させてほしい旨勧誘した。

しかし、川島は、第一、二回取引において芳しい成績をあげることができなかったため、別表番号1、2の取引のように売買条件が明確で日本トムソンが確実に利益を得るものであれば、取引してもよい旨回答した。

これに対し、菊本は、当時同人が在籍していた被告東京支店東京第二事業法人部の本村雅則が、担当会社サン・アミティ株式会社(以下「サン・アミティ」という)に損失補てんを求められ株式の条件明示売買取引をすることになっており、同社が買い付けた株式をさらに買い取る第三者を必要としていたこともあって、川島に対し、別表番号1、2の取引と類似の方法ではあるが、株式の買付けそのものを市場からではなく第三者から行い、実勢価格よりも高値で買い付け、さらにそれに利回り分を上乗せして第三者に転売するいわゆる「飛ばし」という取引方法を提案し、右川島の回答に応えることとした。被告においては、かかる取引は禁止されていたが、菊本は、「飛ばし」を繰り返すことによる破綻の可能性を考慮しつつも右取引を開始することとした。そして、川島は、前記のとおり他の証券会社との間でもかかる取引をしていたため、右取引の構造を理解していた。

さらに、川島は、菊本に対し、日本トムソンの決算期が近く、決算書に保有証券が載ることを避けたいと述べて、今後右のような取引は日本トムソンではなく、関連会社である原告を通じて行うよう要求した。

菊本はこれを受けて、同年八月三一日、原告に対して、手書の運用計算書(甲第二九号証の一、二)を被告のファックスで送付し、川島に対し、古河電工の株式一四万株を同日に単価一四一六円でサン・アミティから購入する、保有期間は同年九月七日までである、単価一四二四円で第三者に買い取らせると説明した。

原告は、その頃、サン・アミティとの間で右株式を購入する旨合意し、代金一億九八二四万円を支払い、右株式を同社から譲り受けた(甲第三〇号証)。次いで原告は、同年九月四日頃、日亜鋼業との間で右株式を売却する旨合意し、同月七日頃、代金一億九九三六万円の支払を受け、右株式を同社に引き渡し(甲第三一号証)、五二万一九二〇円の利益(前同の純利益)を得た。ただし、原告は、菊本を通じて右各売買手続をしたものであり、サン・アミティ、日亜鋼業と直接交渉したことはなかった。

菊本が担当する右条件明示売買は、これ以降別表番号8の取引まで続き、原告は全ての取引で利益を得ていた。

なお、かかる別表記載の各取引においては、通常の債券の買戻条件付売買において作成されるような売買契約書は一切作成されていないが、川島は、過去に被告と日本トムソンの債券の買戻条件付売買において右契約書を作成したことがあるにもかかわらず(乙第二一ないし二三号証)、別表記載の各取引においてこれを作成しない理由について何らの質問もしなかった。また、右各取引のうち、市場からの購入以外の取引については、通常の株式取引で行われる取引報告書等の交付、手数料等の請求がされていないが、川島はこれについて何らの質問もしなかった。

5  別表番号9の取引

その後、大野が菊本を引き継ぎ、原告の株式取引を担当することになった。

大野は、平成三年六月一三日、原告に対して、被告のファックスで手書の書面を送付し(甲第一〇号証)、川島に対し、タイホー工業株式会社(以下「タイホー工業」という)の株式六万株を同月一四日に単価五二〇〇円で東急不動産ローン保証株式会社から購入する、保有期間は同年七月一五日までである、単価五二七〇円で第三者に買い取らせる、年利回りは約一一%強であると説明した。

原告は、同年六月一四日頃、右東急不動産ローン保証との間で右株式を購入する旨合意し、代金三億一二〇〇万円を支払い、右株式を同社から譲り受けた(甲第一二、一三号証)。次いで、原告は、同年七月一〇日頃、再び右株式を右東急不動産ローン保証に売却する旨合意し、代金三億一六二〇万円の支払を受け、右株式を同社に譲り渡し(甲第一四号証)、三二五万一四〇〇円の利益(前同の純利益)を得た。ただし、原告は、大野を通じて各売買手続をしたものであり、右東急不動産ローン保証と直接交渉したことはなかった。

6  別表番号10の取引

さらに、大野は、同年七月初旬、原告担当者猪股信幸に対し、タイホー工業の株式六万株を同月一一日に単価五三九〇円で市場から買い付ける、保有期間は同年八月一二日までである、単価五四七五円で第三者に直取引で買い取らせる、年利回りは約一一%になると電話で説明した(甲第一五号証)。

原告は、同年七月八日頃、被告に対し、右株式六万株を単価五三九〇円で市場から買付ける注文をし、同月一一日、手数料等を含めて受渡金合計三億二四二三万八六七七円を支払い(甲第一六号証)、右株式の預り証を受け取った。

次いで、原告は、同年八月七日頃、日亜鋼業との間で右株式を売却する旨合意し、同月一二日頃、代金三億二八五〇万円の支払を受け、右株式を同社に譲り渡し(甲第一七号証)、三二七万五八二三円の利益(前同の純利益)を得た。ただし、原告は、大野を通じて右売却手続をしたものであり、日亜鋼業と直接交渉したことはなかった。

以上、別表番号3から10までの取引においては、各株式の買付価格自体がいずれも市場価格よりはるかに高いものであった。

7  本件取引

大野は、同年七月二六日、原告に対し、手書の計算書(甲第一号証)を被告のファックスで送付し、その後同じく手書の「総合収支計算」と題する書面(甲第二号証)を持参して、本件株式を右同日に当日の終値である八二〇よりもはるかに高い単価一三五〇円で津田鋼材から購入する、保有期間は同年八月二六日までである、単価一三六八円で第三者に買い取らせる(本件約定)、年利回りは約一一%になると説明した。

原告は、同年七月二六日頃、津田鋼材との間で本件株式を購入する旨合意し、代金一億〇五三〇万円を支払い、右株式を同社から譲り受け(甲第三号証)、右株式の預り証を受け取った(甲四、五号証)。ただし、原告は、大野を通じて右購入手続をしたものであり、津田鋼材と直接交渉したことはなかった。しかるに、本件約定は現在に至るまで履行されていない。

なお、本件取引当時の長期プライムレートは年利率約八%、三か月定期預金は年利率四%前後であった(乙第四一号証)。また、当時は一部の証券会社の大口顧客に対する損失補てん、利回り保証等が明るみになり、証券取引秩序について連日盛んな報道、議論が行われていた(乙第二八ないし四〇号証)。

8  被告は、同年八月中旬頃になって、初めて別表記載の各取引及び本件取引の存在を知った。なお、右各取引のうち市場で買い付けた取引以外は被告の取引勘定元帳に記載されていない(乙第八ないし一七号証)。

被告は、右事実関係を調査した後、平成四年一二月二四日、菊本を減俸1.5%六か月に、大野及び前記本村を懲戒解雇にそれぞれ処した(乙第二五ないし二七号証)。

以上のとおり認められる。

二 争点1(主位的請求)について

1 以上の認定事実をもとに、まず、本件約定に基づく履行請求の当否につき判断するに、仮に原告主張のように本件約定が被告との間に成立したものとしても、右約定が証取法又は公序良俗に違反し無効であるならば、主位的請求は理由がないことに帰するので、まず被告の主張(三)(本件約定の有効性)について判断する。

(一)  証取法(平成三年法律第九六号)五〇条の三は、証券会社による損失補てんや利益保証の頻発により、証券市場における正常な価格形成機能や、証券会社の市場仲介者としての中立性、公共性等の証券取引の秩序が大きく歪められた苦い経験を踏まえて、健全な証券取引秩序を維持するため、第一項においては証券会社の禁止行為を規定し、一号で事前の損失保証や利益保証の約束を禁止するとともに、二号で事後の損失保証や利益保証の約束を禁止し、三号で実際の損失補てんや財産上の利益の提供を禁止し、第二項においては顧客の禁止行為を規定し、一号で証券会社に事前の損失保証や利益保証の約束をさせる行為を禁止し、二号で証券会社に事後に損失補てんを約束させる行為を禁止し、三号で実際の損失補てんのための財産上の利益の提供を要求し又は要求による約束に基づいてこれを受ける行為を禁止しているのみならず、右各規定の違反に対して、一九九条一号の六において証券会社に対する一年以下の懲役若しくは一〇〇万円以下の罰金を、二〇〇条三号の三において顧客に対する六月以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金を科し、さらには付加刑として二〇〇条の二において顧客が受けた財産上の利益についての必要的没収・追徴を規定している。

かかる証取法五〇条の三の規定の趣旨及び内容に鑑みれば、右規定は取引の形式を問わず、実質的に証券取引秩序を害する損失保証、利益保証及び損失補てんに該当する取引を一律かつ網羅的に禁止したものと解すべきである。

そして、法が前記のような改正趣旨により、損失保証、利益保証及び損失補てんを明瞭かつ網羅的に禁止し、証券会社のみならず顧客に対しても懲役刑を含む重い刑罰をもってその遵守を求めていることに鑑みれば、損失保証、利益保証及び損失補てんは、証券取引秩序を害する反社会的行為であって許されないものであり、右のように違法性の強い内容をもった約定は、単に証取法の右条項に違反するだけでなく、右の約定そのものが公序良俗に反するものとして、民法九〇条により無効となると解するのが相当である。

(二)  しかして、本件においては、前記一の認定のとおり、本件約定は、原告が大野の指示により津田鋼材から本件株式を市場価格(一株当たり八二〇円)から著しく乖離した代金合計一億〇五三〇万円(一株当たり一三五〇円)という高価格で購入したことに対し、大野が約定利回り一四〇万円を上乗せして、代金合計一億〇六七〇万四〇〇〇円(一株当たり一三六八円)で被告又は第三者に買い取らせることを内容とするものであるが、かかる本件約定が前提とする右本件株式の高額購入によって、原告に本件株式の相場価格と購入価格との差額分の損失が生じることは本件取引の構造上明白であるから、大野が原告に対し、本件株式についてその購入価格に約定の利回り相当額を加えた価額で第三者への売却を斡旋することを約束することは、まさしく大野が原告に対し損失保証及び利益保証を約束したものにほかならない。

したがって、本件約定は、証取法五〇条の三第一項一号に該当するものと認められるのみならず、本件約定の内容そのものが右にみたとおり違法性の強いものであることに加え、前認定とおりの別表番号1ないし10の各取引から本件約定に至るまでの事実経過からして、原告担当者川島の方から損失補てんの取引を要求し、被告担当者の菊本及び大野も川島の右要求に応じて繰り返し損失補てんを果たしたあげくに本件約定に至っていることに鑑みると、本件約定は、証取法の右各条項に違反し、かつ、公序良俗に違反するものとして民法九〇条により無効となるものと認めるべきである。

(三)  右の点に対し、原告は、もともと原告に補てんされるべき損失は存しないばかりか、被告が契約責任を果たす限り右損失は生じない等主張する。しかしながら、前記判断のとおり本件取引はその構造上当然に損失を内包する取引であるから、原告の右主張は失当である。

また、原告は、証取法の解釈は厳格に行われるべきであって拡張解釈は許されないところ、本件約定を前提とする本件取引は実質的に金融取引とみなされるから、同法の禁止規定外取引である旨を、さらに、本件取引は同法五〇条の三第一項一号及び同法施行令一五条の三が除外する取引に類似するから、同法の禁止規定外取引である旨をそれぞれ主張する。

しかしながら、同法五〇条の三第一項一号及び同施行令一五条の三が禁止除外取引として規定する買戻条件付売買は、同法二条第一項一号から四号まで及び八、九号が掲げる有価証券(ただし、九号は右一号から四号、八号に類似するものに限る。)についてのそれに限られるところ、証券市場における正常な価格形成機能や、証券会社の市場仲介者としての中立性、公共性等の健全な証券取引の秩序維持という現行の証取法の改正趣旨、及び同施行令が禁止除外される場合をさらに限定していること(証券会社が自己の資金調達のために行う場合に限る。)に鑑みれば、同法の禁止規定を容易に潜脱されることを防ぐため、右禁止の除外規定は限定的列挙であると解すべきであり、同施行令が同法二条一項六号(株式)を除外取引の対象として規定していない以上、法は明確に、本件取引のような株式の買戻条件付売買を一律に禁止しているものと解するほかはない。したがって、原告の右各主張は失当である。

(四)  さらに、原告は、本件約定は現行の証取法の施行前に成立していたから、証取法に遡及効の規定が存在しない以上、本件約定は有効である等主張する。

確かに、本件約定は現行の証取法の施行前に成立しており、当時の証取法には現行の証取法五〇条の三第一項各号が定める禁止規定は存在せず(わずかに五〇条二項が損失の負担を約して勧誘する行為を禁止するのみで、その罰則規定も存在しなかった。)うえ、現行の証取法にはその遡及効の規定は存在しない(平成三年法律第九六号は同年政令第三六六号により、平成四年一月一日から施行されたが、罰則については、同法附則二項により施行日以後の行為についてのみ適用することとしている。)。

しかしながら、刑事手続における遡及処罰の禁止の問題と、公序良俗違反の有無とはおのずから次元を異にするものであり、また、成立時は証取法違反ではなかった本件約定が、法の改正により現在は違法取引に該当すると評価される場合であっても、およそ公序良俗に違反する行為を無効とする趣旨は、社会的に許容されない反社会的な法律行為について、裁判所がその効力を否定することによりかかる行為の実現に助力しないことにあるのであるから、当該法律行為が公序良俗に違反するか否かを判断するにあたっては、右行為当時の公序良俗のみならず、右判断をする時点、すなわち口頭弁論終結時における公序良俗にも照らす必要がある。

したがって、本件約定がその成立時には証取法違反でなかったとしても、そのことが、本件約定について本件口頭弁論終結時における公序良俗に照らして無効であるとする前記判断を左右するものとはいえない(なお、被告が原告に対し本件約定内容を実行すれば、証取法五〇条の三第一項三号、第二項三号の禁止する損失補てんの実行にあたるとして原被告双方に刑事罰が科されることになり、裁判所が右実現に助力することは法の自己矛盾であり許されない結果になるし、さらに、前認定の事実からすると、本件約定は、株式を相場価格から著しく乖離した高価格で次々と会社間で転売する連鎖的取引を構成するものであって、いずれ破綻することはその構造上明白なうえ、本来相場の変動によって利益又は損失を生ずる性格を有し、取引の損益は取引委託者に帰属すべきとの自己責任の原則に立つ株式取引について、証券会社が常に顧客に確定的な利益を得させることを内容とするものであるから、それ自体が証券市場における正常な価格形成機能や証券会社の市場仲介者としての中立性、公共性等の証券取引秩序を害するものであって、結局のところ、本件約定は、行為当時の公序良俗に照らしても無効であるといわざるをえない。)。

2 以上によれば、原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三 争点2(予備的請求)について

前記一で認定した本件取引に至る経緯から被告側の事情について検討するに、菊本が本件取引の原点ともいえる別表番号3の取引について、これが禁じられていることや破綻の可能性があることを認識していたにもかかわらずこれを開始し、以後同8の取引まで漫然とこれを継続し、大野も別表番号9の取引から本件取引に至るまでかかる取引を漫然と継続していたこと等、被告自身が本件取引をしていたものとは認められないものの、従業員の右行為を看過していたことについては、被告において責められるべき事情が存することは否定できない。

しかしながら、原告担当者川島は、昭和六〇年頃から原告及び日本トムソンの担当者としてピーク時には合計四〇億円もの証券投資をし、時には勧角、新日本証券等から損失補てんを受けていたなど本件取引当時証券取引の経験が豊富であったところ、本件取引に先立ち、第一、二回取引の損失補てん取引であって、株式購入手続以外は本件取引と全く同じ構造である別表番号1、2の取引を要求してこれを実現させたのみならず、その後の取引の継続を求める菊本に対して、右損失補てん取引のような株式の条件明示売買であればこれに応じるとして本件取引の端緒を開き、さらに、右株式の条件明示売買は前記のとおりその構造上いずれ破綻することが明白であるところ、川島は、別表番号3の取引に先立ち、同1、2の取引をしていたうえ、他の証券会社との間でもかかる取引をしていた経験があったことから、右取引の構造を熟知していたにもかかわらず、本件取引に先立つ別表番号1ないし10の連鎖的取引を継続した結果、原告、日本トムソンの両者で合計約六〇〇〇万円もの利益を得ていたものである。

右によれば、川島を担当者とした原告は、いわば被告担当者らと対等もしくは優越的な立場に立って、本件取引に代表される破綻可能性の強い株式の条件明示売買を、右可能性を認識しつつ、確定利回りの保証による安定した利益を得るべく、いわば積極的に右連鎖的取引の歯車となって行動していたものであって、被告によって損害を被ったと主張する原告自らが、前記のとおり公序良俗に反する本件取引に積極的に関与したものである以上、もはや原告に被侵害利益は認められず、被告従業員大野の行為によって原告の利益が違法に侵害されたものと認めることはできないといわなければならない。

この点、原告は、被告を信頼していたので、本件取引において被告から取引報告書が交付されず、手数料の請求もなかったことを不自然に感じたことはなく、本件取引が破綻する可能性も認識していなかったものであり、原告は被告の要請により受動的に本件取引を行ったにすぎないから、何ら責められるべき事情はない旨主張し、甲第二六、二七号証及び証人川島の証言中には右主張に沿う記述・証言部分もある。

しかし、川島の前記証券取引の経験に照らせば、川島が、本件取引において債券の条件明示売買で作成するような売買契約書も作成せず、取引報告書の交付も受けず、手数料の請求も受けていないことを認識しながら、これを不思議に思ったこともなく、何らの質問もしていないというのは極めて不自然であるばかりか、本件取引の態様自体についてみても、その利回りが当時の長期プライムレート、定期預金金利に比して著しく高いうえ、その利回りを得る方法も市場価格から著しく乖離した高価格で株式を購入して極めて短期間のうちに転売するものであり、相場変動によるリスクを内在し、自己責任の原則が妥当する株式取引において、常に利益のみを受けることができるという不自然極まりないものであり、しかも、当時は証券会社の大口顧客に対する損失補てん、利回保証等が明るみになり、証券取引秩序について連日盛んな報道、議論がなされ、本件取引のごとき連鎖的取引の不当性についても同様の議論がなされていたことに照らすと、原告の主張に沿う右各記述・証言部分はいずれも到底信用することができない。

以上によれば、本件取引について原告に被侵害利益は認められず、大野の行為に原告主張の違法性は認められないことになるから、原告の予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官阿部正幸 裁判官菊地浩明)

別紙取引一覧表<省略>

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